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フリーライターです。書き綴ったものを載せてます。


by revolver0319

大人の尊厳

 ショベル復活絶好調。
 天気は快晴春気分。
 なのになんだか忙しい。

 そんな大森がお贈りする久しぶりのブログは、大人の哀愁を語る切なくも勇気溢れる物語。

 なはず。




 目黒の串揚げ屋で飲んでいた。
 生ビールを5杯。
 それからホッピーを3杯。

 ちなみにホッピーの中身は、あのものすごく安い焼酎だと悪酔いする。
 というのが我々の定説で、中身だけ違う焼酎にしてもらうという面倒くささ。

 それから芋焼酎をロックで4杯。

 で、時間である。

 何しろうちは神奈川の秘境本厚木。

 小田急線の最終に乗らなければならない。
 しかも新宿~本厚木は結構遠い。
 だからこの間はいつもロマンスカー使用である。

 最終のロマンスカーは新宿を23:30発である。
 目黒の串揚げ屋はJR目黒駅まで徒歩20分と遠い。
 だから22:30には店を出る。

 気落ち良い酔っ払い加減で権之助坂をとぼとぼ上がり、山手線で新宿に。

 ロマンスカーまでには少々時間に余裕があった。
 

 小田急線新宿駅ロマンスカー専用ホーム内売店。
 奇跡はこの売店のおばちゃんがもたらしたと言っても過言ではなかった。

 時間があった僕はこの売店でコーラを買ったのである。

 このとき売店のおばちゃんが、なぜか1本だけの缶コーラを袋に入れてくれたのである。

 どうせロマンスカーの中で飲みきり、空き缶をロマンスカー内のごみ箱に捨ててしまうのである。

 「袋は大丈夫です」
 普段の僕なら確実にそういうが、なぜかその時は袋のままもらいロマンスカーに乗車したのである。


 定刻に満員状態で発車したロマンスカー。

 ロマンスカーは全席指定なので立っている乗客はいない。
 窓側席の俺の隣には、仕事帰りのサラリーマンが座っている。

 新宿を出ると町田に一度停車し、次に本厚木である。

 缶コーラを飲むべく袋から取り出す。袋は前の座席に付いている網のポケットに入れておく。
 コーラを3口ばかり飲むと、睡魔に襲われ目を閉じた。
 すると・・・。

 目が回るのである。
 目を閉じているのだから見えるはずのない、ロマンスカーの天井がぐるぐると回っているようで、ともかくぐるぐるぐるぐるぐるぐるしているのである。


 長らく酔いどれダメおやじやっているので、そんな状況はどのような状況かは分かっている。

 やばい。
 そう、やばい状況なのである。

 こんな時の対処方法は二つしかない。

 眠らずに目をきっぱり開けて、二次方程式の問題でも頭の中で解く。

 もしくは意識を失うように眠ってしまうかだ。

 
 酔っ払いダメおやじ会では俺もボチボチ中堅所からベテラン枠に入ろうとしている。だからこんなロマンスカー内でのやばさなど、軽くいなしてしまうのである。


 俺の取った作戦は、目をつむるとやばいので、目をしっかりと開けたまま二次方程式を頭の中で組み立てつつ、そのまま意識を失う。という良いとこ取りである。


 やばかった俺は適正な対処でどうにか危機を乗り越えたのである。

 しばしの間俺の記憶はなくなる。
 きっと天使の寝顔ですやすやと眠っていたのだろう。
 しかし、
「間もなく町田です」
 という無粋なアナウンスで意識を取り戻してしまったのである。

 町田まであと3分といったところだろうか。この時またあのやばさが襲ってきたのである。

 酔ってやばい状態で意識を失うときは、できれば翌朝までそのまま。
 でもって起きた瞬間に。

「うげー。気持ち悪」
 と、最悪な気分で起きるのがまだましなのである。

 意識を失って数十分で起こされる。しかも快適なはずのロマンスカーの揺れが俺の酔っ払い加減をさらに増大させているのである。

 目が覚めた瞬間に。
 「駄目だ。吐く」
 冷静に判断できるあたりにベテランとしてのいぶし銀な味わいがある。

 小学生の子供が電車に酔ってしまって吐く。
 これはまぁしょうがない。

 しかし。
 もうすぐ50歳になろうかというオヤジが、あろうことか満員のロマンスカーで吐くなどということは許されない。

「よしトイレだ」
 俺は立ち上がろうと、少しだけリクライニングさせていたシートから上半身を起こした。

「だ、だ、だ・め・だ」
 俺に残された歩行可能歩数は4ないし5歩しかないことを、その瞬間にはっきりと認識したのである。数歩歩いたら全部。きれいさっぱり吐き出してしまう。

 事態はそこまで緊迫していたのである。

 ではどうするか。

 そのままじっとしていても1分が限度である。
 まさか隣に見ず知らずの人が座っているのに、ここで吐くのか。
 それはどうなんだ。大人としていいのか。
 
 最近はどんな醜態をさらそうと後悔などしないが、これはさすがに自己嫌悪に陥るだろう。なんて考えているうちに、俺の胃の中身は「発射しますよー」と徐々にせり上がってきている。

「もうだめか」
 諦めかけたその瞬間。
「町田。町田に到着です」
 するとぞろぞろと大半の人が降車。
 俺の隣の仕事帰りサラリーマンも降りたのである。

 神の思召しか。ともかく見ず知らずの人前で吐くという、最悪のプレーは避けられた。

 だが、安心してはならない。
 もはや俺の胃袋の中身はマジで飛び出す5秒前である。

 ああ。小田急職員だか下請け会社の方だかは知らないが、いつもこの車両を掃除してくれている人がいるのに、俺はその床に、目黒の串揚げ屋で食った、ソース二度付け禁止の串カツ、ウインナー、シイタケ、オクラ、ウズラなどをホッピーでミックスしたものを吐いてしまうのか。


 その瞬間、前の背もたれに袋を発見したのである。

 そう。あの新宿駅ロマンスカー専用ホーム売店のおばちゃんが缶コーラを入れてくれた袋である。

 町田を出発したばかりのロマンスカーホームウェイ21号本厚木行き4号車8Ⅾの席で、俺は袋の中に目黒の串揚げを吐いた。

 助かった。大人として床を汚すことなく、ちゃんと袋に吐けたのである。


 だが、缶コーラを入れた袋である。それほどデカくはない。

 俺の吐瀉物で袋はパンパン。ぎりぎりこぼれずに済んだが、ともかくパンパンなのであった。

 だがしかし、売店のおばちゃんのナイスプレーで大人の尊厳を守った俺は、パンパンの吐瀉物袋片手に、車窓から、流れる夜の座間市あたりのどうでもいい景色を眺め、すっきり気分でいたのである。


 それが去年の年末の話である。

 

 パンパンの袋は、本厚木駅のごみ箱にたたき捨ててしまいました。

 小田急線職員の皆様。ごめんなさい。

 
# by revolver0319 | 2013-03-21 17:05