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フリーライターです。書き綴ったものを載せてます。


by revolver0319

クラブハーレー2

 横浜のアパートから下道で狩場まで走る。そこから保土ヶ谷バイパス、246を過ぎて宮ヶ瀬湖に出てヤビツ峠を。隆志が走る、一番のお気に入りコース。もう少し走れば箱根も伊豆も、高速を使えば往復500㌔くらいなら苦にならない。横浜はバイクで出かけるには恵まれた環境化にある。
 隆志がそのコースを好むのは、人気観光スポットというわけでもないので人が少ないことに寂しさを感じないからだ。
 休日が忙しい調理師として働く彼の休みは毎週水曜と決まっている。平日の箱根や伊豆の観光地は、お土産屋も店を閉じ、なんだか自分だけが取り残されたような感覚が寂しく、あまり好きにはなれなかった。
 中学を卒業し直ぐにイタリアンレストランに見習いとして入り、昔ながらの職人修行が始まった。16歳になるとバイクの免許を取りたかったが、教習所に行ける時間もなく、試験場に何度も通い中型免許を取り、SR400を中古で購入した。
 朝早く出勤し、閉店後の掃除を終えると帰るのは日付が変るころになる。休みの日には昼前まで眠りそれから走りに出かける。同じ年代の若者が遊び回る中、そんな生活に耐えられたのは、バイクがあればいつでもどこにでも行けるのだという精神的な自由があったからかもしれない。
 もう一つの休日の過ごし方は、大型二輪免許試験を受けに行くことだった。全国的に見ても難しいと噂される試験場には結局2年以上通い、18歳で大型二輪を取得した。
 仕事もだいぶ覚え、
信頼もされ重要なポ
ジションを任された
就職して3回目の夏。
溢れ出すように沸き
立つ雲や、眩しく輝
く太陽、焦がすよう
な暑い風が、遊びた
くても耐えてきた隆
志の中の何かを、そ
の夏は壊そうとして
いた。
 そんな休日、朝早
くに起き出してSR
で走り出した。箱根
の山を越え伊豆の高原を走り、修善寺の中を抜ける。陽射しはもう真夏だが、お盆前の平日の観光地は閑散とし、バイク乗りの姿も見えない。
 最後の峠を越えて海が見えたときに、隆志はヘルメットの中で叫び声を上げた。もっと楽で休みの多い仕事に変えよう、そう決めた。そうすればもっと自由に走れるし、楽しい走りの時間に孤独を感じないですむと思った。
 SRのエンジンがぐずり出したのはその帰り道だ。だましだまし走っていたが、横浜新道の出口で止まってしまった。オイル交換をするくらいで、2年間走り続けたSRが。
 何度もキックし汗が流れる、夏の西日を浴びながらSRを邪魔にならないところまで押す。何をしようと自分には良いことなんて怒らない、つまりはそんな夏なんだ。そう思うと子供の頃に欲しがったおもちゃを買ってもらえずにいたときの、思い通りにならない悔しさを噛みしめる。違うのは子供の頃ならそんなときは思い切り泣いていられたことだ。
 動かないSRの傍らで途方に暮れていると一台のバイクが止まった。腹に響くような排気音。シングルエンジンのようなトルクフルでありながら、2本のマフラーからまるで人間の呼吸のようなリズムで吐き出される鼓動。スポーツスターXL883R。
「どうした。走らなくなったちゃったか」
 ヘルメットを取った男は、隆志よりはずいぶん年上だが、それが20代か30代なのかは判断がつかない。髭を蓄えヘルメットで潰れた髪型で、今まで接したことのない雰囲気だ。
「ええ、そうなんです」
「どれ、みせてみて」
 おどおどする隆志にかまわず、男はさっさとSRを調べたが動かない。
「この先にショップがあるから、引っ張ろう」
 男は自分と隆志のベルトを外させ、それを繋いで牽引してショップまで走った。
 バイクはもう走らないと宣告された。どうするか尋ねられても隆志にはどうしていいのかすら分からない。とりあえずショップが言うとおりに廃車にするしかないのだろう。走って、止まって知らない男に助けられて、なんだか朝走っていた記憶が一年前のようにも感じられる。
「ありがとうございました」
 ようやく助けてくれた男に礼が言えた。
「いつも平日に走ってるの」
男は見た目とは裏腹に優しい口調で話しかけてくれる。
平日ののんびりした道のよさをスポーツスターのオレンジ色のタンクに手を乗せて話し。
「バイクはまた頑張って買えばいい。せっかく平日走れる環境にいるんだから」
 そう言って笑う。
 考え方が違うだけで、ほんの少しの違いで、同じ道を走っているのに景色がまったく異なっているのだと、隆志は気付いた。同時にくじけそうだった気持ちもなくなった。
「買います。新しいバイク、買います」
 隆志の答えに男はタバコを加えて小さく頷いた。
 35歳で隆志は自分の店を開店した。30で結婚した嫁さんと二人で。
 3歳年下の嫁さんとは、箱根の大観山で出会った。他には誰もいない水曜日の早朝広いパーキングにバイクが2台だけだった。なんとなく話しをして、なんとなく別れたけれど、その翌週もまた会った。ドラマチックというほどでもないが、ありきたりでもない。
 出会ったときに乗っていたバイクは、隆志がスポーツスターで、彼女はSRだった。悪くない偶然だ。
 今は、美味しくて評判のイタリアンレストランの店先にスポーツスターが2台ならんでいる。もちろん休業日は「毎週水曜日」だ。
by revolver0319 | 2009-10-07 22:16