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by revolver0319

走れ、はしれ

走れ、はしれ
 菊池雄大は今年で25歳になる。この日は東京の会社から、宮城の取引先まで日帰り出張で、東北道を営業用のADバンで走っていた。AMラジオしか付いていないバンに自分でCDプレイヤーを付け、マキシマムザホルモンをかけていた。
 高校を卒業して現在の会社に入った。農家相手の農薬から、家畜の肥糧。それに農機具まで扱う会社で、特に農業に関心があるわけでもなかったが、せっかく受かったのだからと、なんとなく入社した。それでも仕事は真面目にこなしていた。事務を担当する年上のOLたちにも評判はいいし、上司ともうまくやっていて、おおむね「菊池君は若いのに真面目にがんばる」と評価されている。事実、休日のこの日も休みを返上してまで宮城の農家に挨拶して回ると自分で言い出した。新しい商品の案内をするのに、休日の午後にのんびりとした農家を回ると、こころよく受け入れられることが多いのを経験で知っているからだ。
 それでも今の会社に骨をうずめようなんて大袈裟な感情もない。愛社精神のようなものはなんとなく持ってはいるが、生涯の仕事だとも思えず、それでも何かやりたいことがあるわけでもない。回りの評価を聞いて頑張っているわけでもないし、自分のことをそれほどまじめだとも思っていない。
ホルモンも糞盤を聞きながら、右肩をシャツの上から触る。そこには半年前に入れたピースマークのタトゥーがある。もちろん会社にも両親にも内緒にしている。雄大にとってそれが今一番誇らしいことだ。
さて、このおかしな連中がバイクで旅している物語の中に、なんだ彼が出てくるのか。
そこにはたいして意味もないし、菊池雄大というこの青年が、おかしな連中に関わることもにし、この物語のこの後に何かしらの影響を与えることもない。彼は日帰りの出張を好感触で無事に済ませ、翌日それを上司に報告すると褒められて、その上司が雄大の乗ったADバンを見て少し彼を怒るのである。
なんで菊池雄大が怒られるのか。その部分を書いてみたい。
タトゥーを入れた雄大。今一番夢中なのはハーレーだ。雑誌で研究してサイドバルブからツインカムまでを年代順にいえるくらいの知識は付いた。できたら旧いチョッパーに乗りたいと思っている。雄大の頭の中に描いているチョッパーがオールドスクールといわれる部類のものだということはまだ知らない。
そんな雄大が東北道に入り、蓮田SAで缶コーヒーを買って、二輪駐輪場にショベルをみつけてうれしくなったが、その場所にキャンプ道具を広げて寝袋にくるまる男をみて、話しかけられる人種ではないと判断して、給油を済ませて本線に合流しようとしたときに、一台のパンヘッドチョッパーが本線を通り過ぎていった。ちなみにシゲやフィルシィ、ミヤビたちが最初に合流したのがこのSAで、この物語の最初のシーンの2時間ほど前だ。もちろん寝ているのは空腹で目を覚ます寸前のシゲなのは言うまでもない。
雄大は嬉しくなり、そのパンヘッドの後ろを走る。ホルモンの音にパンヘッドのサウンド。絶対にハーレーを買おうと雄大は思う。
そのときADバンのフロントガラスにてんてんと何かが付着する。
「雨か!!」雄大はそう思うが、秋空はどこまでもすんだ青空だ。しばらくようすを見ていると、フロントガラスは水滴なようなものがどんどん付着していくが、霧状に細かく水滴ではないと分かる。それでも視界がどんどん悪くなるのでワイパーのスイッチを入れた。いや。入れてしまった。
 その瞬間、フロントガラスは薄い膜を貼ったように、視界のほとんどがなくなる。100キロに近いスピードで前が見えない。たちまち雄大がパニックを起こし、ブレーキを踏む。路肩に止まろうと思ったが、高速上だということを思い出し、止まると危険だと判断し、スピードを落としてウィンドウォッシャーを大量に噴射する。謎の膜はなかなか取れなかったが、必死のウィンドウォッシャーで徐々に視界が広がる。
 前を走っていたパンヘッドはその間に見えなくなったしまった。雄大はフロントガラスを拭かなければと思い、次のPAに入る。駐輪場には先ほどのパンヘッドがいた。また一緒に走れると思うと嬉しくなる。パンのバイカーはなにか黒いボトルを3本シートの下のタンクに入れている。雄大はバイク用ガソリンがああして売られているのだろうと思った。あれなら便利だな。パンヘッドの後ろにはそのボトルが2ダースばかり積んである。
 タオルでフロントガラスを拭いて綺麗にすると、パンヘッドがキック1発で目を覚ましている。
「カッコいいなー」呟くと、雄大も車に乗り込み走り出した。しばらくはなんともなかったが、パンヘッドに追いつき、その後ろ50メートルほどに付くと、また謎の水滴が襲ってきた。
 そういえば昨日のニュースで北朝鮮のミサイル実験をさんざん言っていたぞ。ミサイルが上空で爆発して、何かしらの毒ガスを撒いているのではないか。雄大は真剣にそんなことを考える。だとしたら前を走るパンヘッドに教えないと。真剣にそう思う。謎の水滴は雄大の中で「謎の毒物」に変わった。その毒物を避けるためにウィンドウォッシャーが大量に使われる。そのまま100キロも走るとパンヘッドがSAに入る。その後を追って雄大も車を入れた。どちらにしろウィンドウォッシャーがなくなってしまったし、何かしらの北朝鮮情報が得られるかもしれないから、一度止まる必要がある。
 車を止めると駐輪場に向かう。パンヘッドの男は、レイバンのメガネに髭面の優しそうな男だった。
「あのー。大丈夫でしたか?」
 雄大はおずおずと尋ねる。
「うん?何が」パンヘッドの男“誉”はこいつ誰だという感じで聞き返す。
「なんだかねばねばした液体が降ってませんでしたか」雄大の質問に。
「もしかしてお兄さん、俺のバイクの後ろ走ってた?」
「はい」
 一瞬の間。
「グゥワハハハ。ガッハハハ」突然誉が笑い出す。漫画の擬音でしか見たことのないような笑い方で。
「それはこれだよ」誉が指差したパンの下を見ると、大量のオイルが池のようになっていた。
「ちょっとオイル漏れがひどくてさ」それを“ちょっと”と表現するなら“ひどい”とはどのような状況なのか想像もつかないが、パンヘッドのオイルが飛び散っていたのだと雄大も気がつく。
「それでも走れるんですね」
「ワシのチョッパーは最高だからな。ガッハハハ」
雄大の質問の答えになってはいないが、ハーレーは凄いものだと雄大は思った。
スタンドでウォッシャー液を買い、それから宮城まで、パンの後ろを走った。ウォッシャーはすべて使い果たしたがそれでも嬉しかった。
「菊池。なんで車がこんなにベタベタなんだ」
 翌日雄大はそう上司に軽く怒られたが。
「あっ。すみません。洗車してきます」と笑顔で答えた。
「いいよ、俺が洗っといてやるよ」上司もそう言って笑った。
 ともかく誉も北を目指して、オイルの心配をしながら走っていた。
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by revolver0319 | 2009-12-26 11:18