フリーライターです。書き綴ったものを載せてます。


by revolver0319

走れ、はしれ

 北に延びるハイウェイのSA。一台のサイドカーが入ってきた。ショベルヘッド。もとはFLなんだろうが、ピーナッツタンクとフラットフェンダーがサイドカーらしからぬ外装に変えている。ライダーはひょろりと細身の身体で、長い髪の毛を束ねている。束ねた中にそうとう白いものが混じっているから若くはなさそうだ。スピードを落としパーキング内をぐるりと眺めると、駐輪場にお世辞にも綺麗だとはいえないショベルが止まっている。3.5ガロンのタンクも前後のフェンダーも黒い。
「黒が好きなんだ」という人間の色ではない。好きな色の外装ならもう少し綺麗にする努力のあとがうかがえてもいい。そこに黒があったから塗ってみた。そんなやれ方の色だ。
 サイドカーが駐輪場に近づくと、屋根の付いた、バイクなら8台は止められるそのエリア一杯に、寝袋やマット。脱ぎ捨てられたジーパンやブーツが散乱していた。顔をしかめるとため息をひとつ「あうー」と漏らした。面倒なのでサイドカーで寝袋を踏み潰して止めると、男は船から杖を出して歩き出す。身長は180はあるだろうか。白髪交じりの長髪。腹の下まできっちりと上げて履くジーンズ。しっかりとインされたネルシャツ。そこまでならまともな人間に見えるが、ライダースとベスト。それにベストの背中に付けられた斧のパッチ。総合すればあまり話しかけないほうがいい部類だと分かる。 
多少足は引きずるものの杖はそれほど必要とは思えない。SAのレストランに向かいながら時計を見ると約束の時間までまだ1時間近くあった。
レストエリアに入るとすぐに目的の主は見つかった。丸い身体をイートインのカウンターに押し付けてホットドッグにかじりつきコークで流し込んでいる。口の周りにはケチャップとマスタードがグラデーションを描いている。少し離れた場所から眺めていると、二口でホットドッグを口に押し込み、脂ぎった両手をはち切れそうなライダースで拭くと、また何かを注文するのか調理カウンターに向かった。
「あうー」また小さくため息をつくと、サイドカーの男は太った男に近づき、杖で背中を突いた。
「おっ着てたのかフィルシィ」そういってケチャップで汚れた手を差し出し握手を求めてきたが、サイドカーの男、フィルシィは静かに顔を横に振って、
「食いすぎだぞシゲ」と声をかけた。
 はち切れそうなライダースの男、シゲはそんな忠告に耳を貸すことなく。
「おい。値段の割には食いごたえの無いホットドッグを追加だ」とカウンターの奥に向かって叫んでいた。
「申し訳ありません。食券をお先に購入していただけますか」
 白衣をきた中年男が腰を低くいう。商売柄腰は低いが、それよりも「こんな連中に付き合いたくない」という思いが、益々腰を低くさせているのだろう。
「おい。こいつを見てみろ」シゲは派手なゲップをかますと叫ぶように、白衣の中年に食ってかかる。
「杖をついた哀れな身体障害者だぞ。そんな人間に食券機まで歩けっていうのか」そういってフィルシィのほうに振り返りにやりと笑う。
「金はちゃんと払うから早いとこ出せ。ホットドッグ」カウンターに千円札を置いて親指に付いたケチャップをなめようとした瞬間に、フィルシィの杖で頭を殴られた。
「このデブの言うことは聞かなくていいぞ。ちゃんと食券を買わせるから。申し訳ない」杖でシゲを突いて歩かせながら食券機に向かった。
「いてぇな兄弟。怒ることねえだろ」
「うるせえ。一般人に迷惑かけんじゃねぇ」フィルシィが説教を始めようとするが、シゲはホットドッグの食券を2枚買ってカウンターに向かった。
 フィルシィが自販機でコーヒーを買って飲んでいると、ホットドッグを両手に抱えたシゲが戻ってきた。1本は自分にくれるのか思っていたら、2本とも瞬く間に自分でたいらげる。先日二人で飲んでいたときに。
「やべぇぞ兄弟。痛風になった。痛くてしょうがねぇ」などとほざいていたから、心配していたのにこれだ。
「また足が痛くなるぞ」フィルシィの忠告に。
「おいおい、楽しいたびの始まり前に何言ってんだ。旅の間くらい好きにさせろ」コークを飲み干してまたゲップをして、両手をライダースに擦り付けている。
 こいつのライダースにオイルを入れる必要は金輪際必要ないな。フィルシィはそんなことを思った。
 何でも深夜まで旅の準備をしながらビールを飲んでいたが、そのまま寝てしまったら起きられないだろうと、真夜中にSAに着て寝ていたらしい。
「酔っ払ってここまで着たのか?」フィルシィの問いに。
「あんまり覚えてねぇんだ。それほど酔ってはいないと思うけどな」
「覚えてねぇなら酔ってんだよ」杖で突く。
「お前は食いすぎか、飲みすぎで死ぬな」フィルシィは静かに予言した。
 そこにライダースにフィルシィと同じベストにチャップスを履いた男が飛び込んできた。短髪で優しそうな顔をしているが目が笑っていなかった。
「あっ。おはようございます」フィルシィとシゲにしっかりと挨拶をする。そのときは目も優しくなるが、瞬時にとがった目に戻り。
「駐輪場にキャンプ道具ぶちまけてるバカがいるんで、ちょっと見つけてヤキ入れときます」そう言って奥に入ろうとする。それをフィルシィが止めて、親指で「こいつだ」とシゲを指差す。
「あっ。シゲさんのですか。片付けましょうか?」
「かまうなミヤビくせになる」フィルシィがそう言うと、そんなことは何も聞こえなかったように。
「ミヤビ。悪いんだがホットドッグとチーズバーガーを買ってきてくれ。それにコークも。朝から何も食ってないんだ」言い終わる瞬間、フィルシィの杖がシゲの頭を直撃した。
「かまうなミヤビ」
 ミヤビはわけも分からず笑うしか出来なかった。
 シゲが荷物を片付けるのを待って出発しようとした。
「シゲさんベストは」ミヤビがきくと、あたりを見回したシゲが「あれっ?」と初めて気がついたように探し出し、結局丸めた寝袋から見つけ出すまで、それから15分かかった。
 ひとりだけ違う鶴が舞うベストを着込むと。
「お前らちゃんとガス入ってんだろうな」とえらそうに言う。ソフテイルのミヤビと自分の3.5は問題ないが、フィルシィの小さなタンクなら毎回給油が必要だ。さんざん責められたからそれを見越して偉そうに言ってみたんだろう。フィルシィがガソリンを入れ終わり、出発しようとシゲがキックをするがかからない。20分後。汗だくのシゲがタンクを除くと空だった。フィルシィの力強い一撃でついに杖は折れた。それを見て、この旅ではもう殴られずにすむとシゲが喜ぶと、折れた杖を捨てたフィルシィが、サイドカーから新しい杖を取り出して笑った。
「あうー」シゲが呟いて、ミヤビが笑う。結局1時間遅れでSAを出ると、3台は北に向かって走り出した。木々がすっかりと色付いた秋の風の中を。


 次のSAまでは100キロばかり。フィツシィを先頭に、シゲ、ミヤビと続く。北の目的地まで800キロばかりの道のり。
「フェリーの中で飲んだくれてりゃ、すぐに苫小牧だ」言い出したのはシゲだった。
「そうするか」フィルシィもミヤビもそれに同意していた。
「季節はずれだし、この季節に北に上がろうなんていうやつはそうはいねぇ。フェリーも取れるだろ」
「それなら予約はシゲに任せるぞ」
 そんな約束になっていた。
「よし。予約は任せておけ。フィルシィはサイドカーに黒ラベル2ケースばかり積んで来い。ミヤビはケンタッキーのパーティーバーレル二つばかり買って来い」そんなことまで偉そうに言っていた。ところが予約をすっかり忘れていると気がついたのが出発2日前。フィルシィが電話で散々ののしったが、誰も当日フェリー乗り場に向かおうと言わなかった。季節はずれなら当日でも十分乗れるはずだ。
「走ってみるか」誰かが言うのを待っていた。走ることに意味があるんじゃないかと思っていた。
 走り出すと少し風は冷たかったけれど「これでいいんだ」フィルシィとミヤビがそんな風に思っていると、真ん中を走っていたシゲが先頭のフィルシィを追い越すと、次のパーキングはいるようにハンドサインを出している。スタンドがあるわけでもないパーキングだ。トラブルか?
3台はパーキングに入る。すかさずミヤビがシゲに駆け寄る。
「何かありましたか?」
 フィルシィもサイドカーから降りてくる。
「お前ら知らないのか?」シゲが真剣な顔で聞いてくる。
「何を?」聞き返す二人。
「いいか。よく覚えておけ。このパーキングのアメリカンドッグは普通のよりも旨いんだ。俺の研究によるとどうも皮の部分を作る粉の配合に秘密があるようだ。それにマスタードも辛くていいんだ」
その瞬間“フュン”と空気を切り裂く音と共にフィルシィの杖がシゲの頭に向かったが、頭に当たる寸前にシゲが手で掴んだ。
「何度も同じ手を・・・」そこまではかっこよかったが、その瞬間足を滑らせて見事にコケて、アスファルトにしたたかに頭を打ち付けた。
「だ、だ、大丈夫ですか」笑いを堪えながらミヤビが言う。
「相手にするなミヤビ。お茶でも飲もう」そう言って歩き出そうとする二人をシゲが止めた。
「おい。これを見ろ」そう言って指差すシゲの足元には大量のオイル漏れが残っていた。ブーツに付いたオイルの臭いを嗅ぐと。
「シングル60だな」シゲは断言した。
「お前はオイルも飲むのか?」フィルシィはおかしそうに言うが、高速のパーキングにこれほど派手にオイルをまくやつは一人しかいない。
「ホマレはこれないんじゃなかったのか?」フィルシィが聞く。
「ああ『パンが平気なら行きたいけどたぶん駄目だろう』って言ってたけどな」そう言ってシゲは自分の携帯を見た。
「あれ。メールが来てるぞ『一か八か先に出てる』だってよ。『駄目なら途中で拾ってくれ』って添えてるけど」
「まぁ少なくともこの先にいるということだろう」
 なんとなくワクワク感を増しながら3人はアメリカンドッグを並んで食べた。もちろん一般客は誰も近寄らない。
「ビール飲みてぇな」シゲの言葉に二人が頷く。
「今日はもう少し走ったら、そこらで下りてキャンプするか?旨いもんでも食って」
今度は二人とも首を振る。
「頑張れば今日中に青森だ。そしたらフェリー乗り場で飲んでいい」フィルシィが言うと3人同時に頷いた。
 バイクに戻ると、見ず知らずのオヤジが話しかけてきた。
「凄いね。ハーレー。高いんでしょ」
基本的にシゲはその手のオヤジを完璧に無視するようになっている。腹が減っていると話は別だが。
フィルシィはあいまいな笑顔で頷き、最低限の気は使う。
ミヤビがしかたなく「ええ、まぁ」なんてオヤジの相手をしている。しかしそれは二人の気分を悪くさせないためだ。一人だけのミヤビにバカな質問でもしたら瞬殺で殺される。
「ふーん。寒いのにね。このサイドカーも古そうだな」
 オヤジの一言にフィルシィの顔色が変わる。ミヤビとシゲが止めるよりも早く、フィルシィはオヤジの胸倉を掴んでいた。
「おい。クソオヤジ。てめぇが何者かしらねぇが、ひとつ教えてやろう。こいつは『サイドカー』なんて名前じゃねぇ。『チョッパー』だ。分かったか?」
オヤジが返事をしたかったが首が完全に締め上げられているから声が出せない。ヒューヒューを死にそうな息で「了解」の意思表示をして開放された。
「あーあー。可愛そうに」走って逃げる親父にシゲが言う。
 なので今後この文章の中でもフィルシィのサイド・・・じゃない。チョッパーをチョッパーと書くことにする。
 ともかく、3人はまた走り出した。先行しているはずのパンチョッパーに追いつくために。
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by revolver0319 | 2009-11-10 00:42