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by revolver0319

奇跡はそう簡単に・・・。最終章

 二番手のピッチャーは半端ではなかった。ブレーキの効いたスライダーを決め球に、コーナーをきっちりと投げ分けるコントロールもあり、大輔たちは当てるどころか、かすらせることも難しくなった。

 二回以降強豪高も大輔の球もじっくりと見られ、確実に当ててこられた。底力は相当の強豪高だ、油断を捨てて本気になれば勝負になるはずもなかった。

 打たれても打たれても、大輔は「野球ってやっぱり楽しいぞ」と思えた。打たれるたびにコースを考え、どうすれば撃ち取れるかに集中する。

 打たれたらまた他の球種を投げる。

 キャッチャーもサードもショートも、その他のチーム全員、負けているというのに、今度は何をしてやろうかと、ワクワク感を顔一杯に広げて試合を続けた。

 6回を終わって10対3.コールド負けでゲームセット。

 それでもホームベース上に並んだ大輔たちは満面の笑みで、挨拶を交わした。



 ビールの缶が散乱した部屋の中で、母校の試合を見ていた男は、負けたとはいえ、充分に自分たちの実力を発揮し、正々堂々と戦った後輩たちの姿に、霞んでいた頭の中に光がさしたような気がした。

 ともかく、何かをしよう。
 貯金も底をつきはじめていた。パチンコに行こうと思った金で作業服を買い、土方仕事のアルバイトに行くことにした。


 大輔は坊主頭の髪の毛を、毎日引張り「早く伸びないかなぁ」と嘆き、それでも残った夏休みを満喫し、東京の秋葉原にも遊びに行った。

 AKBには会えなかったけれど、やはり東京のパワーは圧倒的で、大学は東京に来ようと誓った。

 ところが大輔が合格した大学は宮城県だった。山形に比べれば都会だと自分を慰めつつ、将来は教師になり、子供たちに野球を教えたいと考え始めていた。

 その大学は野球では東北でナンバー1といわれる強豪で、もちろん大輔が全寮制の野球部に入れるはずもなかったが、関西の高校からスカウトされてきた、同じ年の昌克となかよくなった。

 甲子園に3回出場した昌克は、鳴り物入りで入学し、早々にその実力を発揮するが、大学体育会系の独特の雰囲気に押しつぶされ、徐々に調子を崩していった。

 野球サークルで、遊びのような野球を楽しんでいた大輔は、昌克の練習や試合を見て、気が付いたことをメモした。それはフォームの善し悪しなどではなく、練習方法からメンタルな部分、日々の暮らし方まで自分ならこうするだろうという、感想文に近いものだった。
 それは大好きな野球でプロにはなれなかったが、いつまでも好きだからこそ書けたメモだった。

 調子を崩した昌克にそのメモを見せると、めきめきと調子を取り戻し、2年で大学のエースとなり、大学4年間、ずっと大輔にメモを取ってもらい、調子を崩すとそれを読んで、盛り返えし、卒業後はプロ野球にドラフト1位で入団した。

 大輔も教員免許を取得し、教員として地元山形に戻ったが、テレビで観れるときだけでいいから、メモを取ってくれと昌克に頼まれた。その分の報酬として、昌克が教員としての年収と同じくらいを出すと言い出したのには驚いたが、それを何とか断り、出来る限り昌克の情報を得てメモを書いた。

 昌克がプロに入り3年目。先発投手として順調に成長していたが、2年目の7勝から、一気に20勝をあげて、エースと呼ばれるようになった。

 その活躍を支えていたのが、大輔のノートにあると知った球団首脳部は大輔と面会し、いまひとつ調子の上らない野手の様子を見て、同じようなメモを取ってもらえないかと依頼してきた。半年間の契約で100万の報酬。それが高いのか安いのかは分からないが、引き受けてみた。

 野手の成績がみるみる上った。球団はトレーナーのひとりとして大輔と正式に契約を交わす。年棒は二千万円。断る理由があるはずもなかった。


 大好きだった野球で、裏方とはいえプロに入れてしまった大輔は、山形に両親のために新しい家を建て、地元に新たなリトルリーグチームを作る。

 


 奇跡はそう簡単には起こらない。大輔の人生をもって奇跡というにはあまりにも陳腐すぎる。

 俺という物書きは、それほど素直にはなれない。




 あの日ラーメン屋を追い出され、試合を見て、何でもいいから働いて、もう一度人生をやり直そうとした男。

 彼は結局土方のバイトを3日で辞めて、また飲んだくれる生活に逆戻りし、ついには貯金も使い果たし、安物の発泡酒と、焼酎の紙パックだけがうずたかく積まれた、ゴミ箱のような部屋の中でノタレ死んだ。

 発見されたときには、ひどい腐乱状態で、警察や掃除屋の誰もが手を合わせることも忘れ、顔を背けて嘔吐した。

 一度経験した豪華な暮らしをもう一度。そんな思いが彼を殺したのだろうか。

 豪華ではなくても、必死に生きる道を選ばなければ、リスタートのスタートラインにも立てはしないのだ。そんなことすら気が付かなかった、自分が自分を殺したのだろう。

 奇跡はそう簡単に起こらない。
 奇跡はそう簡単に起こらない。
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by revolver0319 | 2012-08-29 13:56