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by revolver0319

奇跡はそう簡単に・・・。パート4

 一回表の初球をレフト前に簡単に運ばれてしまうのを見て、男は。
「予選に出たって恥を晒すだけだ。どうせ駄目に決まってんだから、やめとけやめとけ」
 ブツクサと呟きながらビールをまた流し込む。

 鍛え抜かれた強豪高の選手と比べると、なんだか母校の選手たちは頼りなく見える。公立で偏差値も中くらいのどこにでもある学校だ。トレーニングマシンやトレーニング方法、どれを取っても雲泥の差があるだろう。当然身体つきも変わってくる。

 そもそも強豪高はセレクションで身体つきも検査対象になるのだから、体格差は当然ある。

「つまりは何をやろうが無駄って事だ」
 男は今までの酔っ払いのたちの悪さとは違う、寂しげな声でもらす。

 10代からパソコンが大好きだった。インターネットのページをひとつ開くのに、10分以上かかる時代からその世界に没頭し、プログラムも自然と覚えた。

 ITという言葉が一般に知れ渡る頃、男はその世界の先駆者として、とんでもない金額を稼ぎ出す会社の社長になっていた。

 山形でのIT関連はすべて男の会社を通し、ベンツやフェラーリを乗り回し、夜遊びもそうとうしていた。

 東京に進出したのが誤りの始まりだった。それでもIT関係の仕事だけをしていればよかったが、不動産にまで手を出し、一生贅沢三昧してもなくならないほどの財産を築き上げた。

「バブル崩壊」なんていう分かりやすい原因で財産を失うのなら、悔しいけれど納得もいくだろう。

 しかし、男の築き上げた会社は、もっと大きなIT関連の会社に、いつの間にか乗っ取られていた。それが時代のやりかただった。

 人との下に付くくらいなら、また一からのし上がってやる。そう思ったが、それからは何もうまく行かなくなる。

 高級クラブでドンペリをあけていた男が、安いラーメン屋でグチるほどに落ちぶれた。


 強いものに、鍛えあがられたものに、普通のものが勝てるはずがない。

 母校の試合をそんな、過去の自分に照らし合わせて見ていた。

「ボロボロにされちまうぞ・・・」

 だが、最初のランナーを出したものの、後続を抑え、それどころか県下屈指のスラッガーをふざけたボールで三振に切って取った。

 いつの間にか男はテレビの中継に夢中になっていた。



 一回の裏。一番バッターはショート。初球の高めに浮いたボール球を引っぱり、あっさりとレフト前にヒットを打った。

 まるで相手の攻撃と同じパターン。二番バッターのサードは、サインの確認をして打席に立つ。

 監督は好きに打たせる。送りバントをさせるほどの緻密さは求められていない。

 相手のピッチャーは背番号が「16」つまり、エースも二番手も温存してきた。一回戦の公立高校相手だから仕方ないが、せめて二番手くらいは出して欲しいものだ。
 大輔は三番バッターとして、ネクストサークルでそんなことを考えていた。

 二番のサードは、強烈なセカンドゴロ。これをセカンドが前にはじいて内野安打。ノーアウトランナー1,2塁。

 大輔が打席に入る。監督はニコニコしているだけでサインはない。初級のカーブを見逃す。ストライク。

 大輔が客観的にみても、自分の球よりも劣っている。

「これなら打てる」けれどずいぶんとなめられたものだ。

 4球目のストレートを強引に引張りレフトフライ。力みすぎた。

 4番はキャッチャー。

 初球。顔の高さくらいのクソボール。

「シュッ」
 強豪高のスラッガーと同じバットスイングの音と共にボールが、外野席の上段に打ち込まれた。

 違うのは、こちらは完全なホームランだということ。

 3対0。誰がそんな経過を予想しただろうか。相手をなめすぎた強豪高は慌ててピッチャーを二番手に変えてきた。

 エースを出さないというプライドは保ったようだが、二番手だって打ち込んでやる。大輔たちは意気込んだ。


 ラーメン屋の男は、1回裏の攻撃で大興奮した。
「おやじ、ビール持ってこい」

 昼時で忙しくなってきたときだ。黙って見ていろという忠告を聞かずに、つい叫んでしまった。

 ラーメン屋のおやじは武等派として有名なヤクザ組織から、足を洗って20年前にラーメン屋を始めたのだった。

 瞬く間に店を叩き出された。もちろん金もしっかり取られた。

 男は走って家に帰ると、慌ててテレビを点ける。
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by revolver0319 | 2012-08-06 21:10