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by revolver0319

奇跡はそう簡単に・・・。パート2

 3番バッターへの初球はインローにシュート。右バッターの膝ぎりぎりを掠める。

 大輔という名前は松坂大輔世代の両親が付けた名前だ。両親ともに野球が好きで、息子に松坂と同じ「大輔」という名前を付けた。
 実はこの「大輔」という名前は祖父母世代に甲子園を沸かし、その後ヤクルトに入団した選手。荒木大輔から取って松坂の両親が息子に「大輔」を与えたらしく、そのエピソードに感動した両親は、その名前を受け継がせたのだ。

 英才教育というほどではなかったが、周りではサッカーのほうが盛り上がっていたが、両親は当然のようにグローブとバットを買い与え、物心付いた頃から父親はキャッチボールをやらせ、些細なことも褒め続け、母親は地元の野球チームに入ると、どんなに忙しくても、送り迎えはもちろん、しょっちゅう応援に来てくれた。

 二球目は胸元にストレート。バッターはピクリと反応したが見逃す。ちょっとした間があってから主審は「ボール」と、まったく迷いはないという風にジャッジ。
 2ボール。

 両親の作戦で知らず知らずに野球の楽しさだけを知った大輔。教えられたようにすると、面白いように打てたし、面白いように三振が取れた。

 リトルリーグで注目されるようになると、楽しさよりも両親をがっかりさせたくないという思いが強くなってくる。面白かった野球が自分のためじゃなくなった瞬間に、なんだか霞んで見えてきた。

 それでも大輔は頑張った。シニアで自分の器を知ったときに、一番に思ったのは「両親に申し訳ない」だった。

 三球目は低めのストライクゾーンに、もう一球シュート。しっかりと待って打ったが、待ちすぎてファースト方向へのファール。

「プロにいけるような実力はないし、それどころかきっとセレクションがあるような強豪高に入るのも難しいと思う」
 思い切って両親に告げた。

四球目はアウトローへのストレート。それを詰まらせてくれて外野フライ。
「ツーダウン、ツーダウン」
 夏空はこれでもかと陽射しを浴びせかけ、入道雲はもくもくと元気だ。
 空も芝も青い。
いいじゃないか。意味もなく大輔はそんなことを思って、ロージンを手ではずませる。

思い切った大輔の告白に、両親は顔色ひとつ変えることなく。
「いくら親バカとはいえ、お前にそんな才能があるなんて、一度も思ったことはないぞ」と父親。
 母親にいたっては。
「じゃあ明日からサッカーでもやってJリーグでも目指す。名前も『翼』に変えてもいいよ」なんて笑う。

 大輔は前髪を伸ばして、原宿に買い物に行ってみたいと思っている、普通の山形の高校生だ。東京に行けばAKBに会えるとも思っている。それほど両親想いというほどでもないし、勉強も野球も頑張るような人格者でもない。
 
 両親の軽々しい答えにどれほど気持が楽になったことか。また野球が楽しくなりそうだ。

「山形中央に行くよ」
 普通の中の中くらいの偏差値の高校に決めたときも両親は。
「試験大丈夫か」と心配するだけで、野球については一言も言わなかった。

入学した日に「野球部に入部した」というと、無関心を装いながらも両親は嬉しそうだった。

4番バッターは全国的に名の知れたスラッガー。プロにも注目されている。秋から春の試合に出られない間に、その鬱憤を晴らすかのように練習に打ち込んできたのだろう。
身体は高校生とはとても思えないような大きさで強靭だった。

初球。インハイに渾身のストレート。
キンッではなく「シュッ」とバットが風を切る音と共に、打球は瞬く間に外野席の上段に飛んだ。

「ファールボール」三塁審判が手を振る。

 なんだ、あの打球は。化け物だ。
 大輔は強豪高の凄さを、またしても思い知る。

 二球目は低めにシュート。
 思いっきり引っぱられファール。
 シュートをそこまで引っぱられるのも初めてだった。

「おいおい。俺だってリトルリーグ出身だぞ」大輔はぶつぶつと文句を言って、ロージンを手に馴染ませセットポジション。

 キャッチャーのサインに何度か首を振って三球目。
 インサイドから外角に落ちていくカーブ。大輔の勝負玉。

 一度左足を上げかけた4番は、思いとどまってから、頭の位置をまったくずらすことなくフルスイング。

 こんどはファースト審判が両手を振る。またもやホームランすれすれの大ファール。

 もう何を投げようとストライクゾーンならホームランしかないだろう。

 四球目。セカンドランナーはどうせホームランだとばかりにリードも取らない。

 大輔はさんざんキャッチャーのサインに首を振ると、セットポジションをやめてワインドアップから投げる。

 投球ホームは全力のストレートだと思わせた。

 バッターは薄笑いを浮かべながら、左足を上げる。どんな速くともストレートなら、確実にスタンドに運べるという自信。

 が。大輔が投げたのは70キロにも満たない、山なりのスローカーブ。

 完全にタイミングを外されたバッター。

 大輔は投げ終わった瞬間に後ろを振り向いた。もしもピッチャーゴロでにでもなったらボールを捕ることも出来ない。それどころかバッターの手元にボールが届く前に大袈裟なガッツポーズ。
 それと同時に4番バッターは大きく空振りして尻餅をついた。

「ストラック、バッターアウツ」
 主審が叫ぶと、数少ない学校の応援団が大輔にやんやの喝采を送る。

 ベンチに戻るときにキャッチャーが「えらい派手なパフォーマンスだな。うらやましいぞ」と声をかける。

 尻餅をついた4番バッターはその二人を、殺気立った目でじっと見つめていた。


 注目されることもない普通高校が、甲子園常連高を手玉に取る。だれもが好む構図。
 喝采を浴びながらベンチに戻る大輔。プロで活躍する選手はこんなに気持いい思いをしているのかと思う。

 17歳の高校生。武道館のステージでスポットライトを浴びることや、ドームのスタジアムにサヨナラホームランを叩き込む夢想を誰もがしている。

 そんな夢想を規模は小さいが現実にする。大輔にとっては一生に一度のことだった。
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by revolver0319 | 2012-07-31 23:25