フリーライターです。書き綴ったものを載せてます。


by revolver0319

奇跡はそう簡単に・・・。パート1

 サイレンの音が積乱雲の中に吸い込まれていくのと同時に、主審が右手を上げて「プレイ」と宣告した。
 7月10日。タイミングを見計らったかのように昨日梅雨が明けた発表され、今日から始まった「選手権山形大会」開会式が終わると、大輔たちの学校は酒田市光ヶ丘休場に移動して、一回戦に望んだ。

 綺麗なマウンドの上からグラウンドを見渡すと、大輔はワインドアップから一球目を投げる。我ながら悪くない球だと思った瞬間に。

「キンッ」
 っと小気味良い音を響かせて、真っ白い糸を引くように、低いライナーでボールは三遊間を抜けていく。

 サードもショートも反射的に横っ飛びにボールを捕ろうと試みたが、グラブとボールの間には、どうにもならない恋愛関係のような距離があった。二人はレフトが方膝をついて、教科書のようなゴロのキャッチで、すかさずセカンドにボールを戻そうとするころには、試合開始早々汚れてしまったユニフォームの土を払い落とし、「あれは捕れなくてもしょうがない」と言い聞かせるように、所定の守備位置に付く。

「先輩ドンマイドンマイ。ナイスプレー」ベンチ入りしていうる後輩が叫んでいるが、サードもショートも内心「うるせー。」と思いながら、意味もなく足元の土を足でならす。

 大輔はマウンド上で、サードやショートの照れ隠しには関係なく、やはり古豪と呼ばれる学校の相手は厄介だぞと思っていた。

 何しろ多少の自信がある低目のストレートを、簡単にレスト前に運ばれてしまったのだ。この先が思いやられる。

 対戦校は普段ならシード校として、一回戦から出てくることはないが、昨秋の大会時に喫煙が発覚し、国体と春の選抜を辞退し、この夏はシードから外れていた。

 大輔の学校は甲子園に出たことなんてあるはずもないが、毎年一回戦敗退というほど弱くもない。5年前にはくじ運にも恵まれて、ベスト8までいったこともあるが、準々決勝でコールド負けをした。

 大輔は小学校から野球をしていた。リトルリーグにも入り、そこそこ有望視されていたが、シニアになった瞬間に「野手になれ」とコーチから宣告され、自分の実力の程を知った。

 当然名門校からの誘いもあるはずもなく、地元の公立高校に入り、一年からエースとして試合に出ることは出来たが、ここまでの通算成績は5勝6敗。つまり毎大会初戦は勝つが、二回戦で敗れていた。

 この夏は2勝はして、高校最後のマウンドで3回戦で当たった優勝候補に破れ、がっくりと膝を付いて涙する。それが大輔がなんとなく描いていた予想図だった。
 なぜなら、それがなんとなく声援を送ってくれる女子に一番もてるのではないかと考えたからだ。

 一塁にランナーを背負い、セットポジションから2番打者に初級。低目にナチュラルなシュートを投げると、いとも簡単にランナーが盗塁。

 キャッチャーはインサイドワークはサッパリだが、肩の強さは尋常ではない。膝をついたまま前のめりに倒れるように二塁に送球。

 まるでキャッチボールの基本のように、ベースカバーに入ったショートの胸元に、驚くような剛速球が届く。しかしコンマ数秒を争う盗塁。胸元ではなく足元に投げ、すかさずランナーにタッチできなければ意味がない。肩は強く鋭い送球をするが、コントロールがいまひとつ。

 もうひとつ、このキャッチャーの特徴はバットスイングのスピードが半端ではないことだ。真芯に当てれば、ボールはフェンスを簡単に超える。小さな球場なら場外にも運べるほどだ。だが真芯に当たることはまずない。練習でもそうそうない。スイングスピードはプロ並みだが、バッドコントロールが小学生以下だ。

 それでもこちらを完全になめていたのだろうが、ランナーはキャッチャーからの送球を見て、3盗を試みるのはやめた。

 2番バッターへの2球目は、インハイにカーブ。これを引っ掛けてくれてサードゴロ。盗塁されていなければダブルプレーが取れた。サードはなんでもないゴロを、張り切って捕ると、往年の長嶋ばりにフィールディングで一塁へ送球。先ほどの気まずい届きもしないボールに横っ飛びの照れ臭さをこれでチャラにしよう、そんな動きだ。

 ショートはつまらなそうにそれを見ていた。

 大輔は一応後ろを振り向いて、人差し指を立て「ワンダウン」と大声を上げる。先日までは「ワンナウト」と叫んでいたが、メジャーリーグ中継でアナウンサーが「ワンダウン」というのを聞いたキャッチャーが「明日の大会からは『ワンダウン、ツーダウン』でいこう」と提案してきた。

 大輔は「そんなことよりも予選会の抽選で、よりによって優勝候補を引いてきたことを謝れ」と迫ってみたが、「まぁまぁ。最後の夏休みを減らさなくて済んだだろう」とひとごとのようだった。

「ワンダウ、ワンダウ」野手が早くも言いなれたように最後の「ン」を発音しない言い方で叫ぶ。大輔はちょっと照れくさかった。
[PR]
by revolver0319 | 2012-07-27 20:51