フリーライターです。書き綴ったものを載せてます。


by revolver0319

T爺

a0138093_1829504.jpg






 陽だまりの下で大好きなタバコに火をつけて、初冬から真冬に移ろう季節を全身で感じながら、大きく息を吐き出す。真っ白なそれはタバコの煙なのか、それとも寒さのせいなのかどちらかははっきりしないけれど、そばにいる仲間たちの笑い声を聞きながら、そんな時間が自分にとって一番幸せな瞬間なんだと彼は確信したはずだった。
 
 そのとき、仲間の喧騒が瞬間消えて、彼の周りにしじまが訪れる。

 消えない胸の痛みがまた押し寄せる。いつまでも、きっといつまでも生き続ける限り消えることはないのだろう。

 今では家庭もあり、子供たちも成長して若くして孫にも囲まれている。自分の好きなことで飯が食えるようになっているのだから、少しばかりの辛い思いくらい我慢できるくらいの堪え性はある。

でも。たったひとつだけ、ほんの小さなたったひとつのことが、彼の胸に痛みの種を植え付ける。

20年以上前のことだ。何も定まらない生き方の中で、人とは違う生き方がしたいと、誰もが考えることを考え、その結果金さえあればいいだろうと、ヤクザのような不動産会社で働いていた。

いつかはハーレーに乗りたいとは考えていたけれど、それはまったく雲をつかむような、たんなる憧れでしかなかった。

当時付き合っていた彼女は、地方から出てきたばかりの事務員だった。素直な性格がとても可愛らしかったけれど、ちょっと地味で、景気が良くて派手に浮かれていた時代だったからか、そこだけを直させようとしたけれど、いつも彼女は「これがいいんだよ」と微笑んだ。

彼が「それじゃいやなんだ。どこかに連れて行くのも恥ずかしいだろう」と怒ると、寂しそうに笑いながら「ごめんね」というだけだった。

そんな日は決まって少し酒を飲みすぎて、翌朝起きたときに、彼女が隣にいることを心底ほっとしたものだった。

「別れよう」言い出したのは彼だった。
「なんで」彼女はいつもどおり寂しそうに笑うだけだった。

 そんな他愛もない話だ。
 
 たったひとつ、約束をしたことがあった。

 彼がバイクが好きだったので、一緒に走りたいと彼女も教習所に通い始めた。

 原付すら乗ったことのない彼女は、しょっちゅう擦傷を作りながら、それでもニコニコと教習所に通っていた。

「免許が取れたらどんなオートバイに乗ろうかな」
 確か今日のような冬の陽射しの中で彼女が聞いてきた。

「俺さ。いつかハーレーに乗りたいんだ」

「じゃあ私もハーレーに乗ろう」
ハーレーが何かも知らないくせに、彼女は、まるで陽射しの中にいるはずの妖精か何かに宣言するようにそう言った。

「いつか一緒にハーレーで走ろう」

 そんな約束をしたことがある。

 何故なんだろう。地味だから、もっと自由でいたいから、そんなつまらない理由で別れを切り出した。

 そして、今でも彼女のことが忘れられない。まったくもって身勝手な馬鹿な男の戯言だ。

 その後に結婚して、何度か浮気をしたこともある。浮気相手なんてすぐに忘れた。でも、彼女のことだけは忘れられない。

 ああ、雨でも降らないかな。
 優しい陽射しの中で彼はそんなことを願っていた。
 そうすればせめて、傘でこの身勝手な自分自身を隠せるのに。

 どこのミーティング会場でも、ひょっとしたら彼女が現れるのではないか思っていて、そして帰るときに胸の痛みを抱えていた。

 元気でやってますか。うまくやっていますか。幸せに暮らしていますか。・・・君に、君の前に、胸を張って会いにいける日はあるのですか。

 タバコを地面に投げ捨てて「消えちまえ、消えちまえ」とつぶやきながらブーツで何度も踏み潰す。

 仲間の喧騒が聞こえて
 自分の幸せってなんなんだろうかと、ぜんぜん分からなくなっている。

「消えちまえ」もういちど、小さくつぶやいて彼は立ち上がり、仲間に笑顔をみせた。




























































この物語はフィクションであり、写真と文章にはなんら関係もない・・・・はずです。
 
[PR]
by revolver0319 | 2011-12-25 18:33