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by revolver0319

走れ、はしれ

 フィルシィとターキィーの面倒くさい関係と、そこから流れ出した人間関係の場合。

“人間の器”というものがある。
「あの男は器が大きい」とか「小さい」とか言われ、大きければ立派で小さければどうにも情けない、そんな使われ方をしていて、おおむね器の大きさは大きければ誰に対しても、どんな状況でも「大きい」し、小さければどこまでも「小さい」のが普通なのである。
 北海道は旭川。ターキィーという男がいる。この男はこの器の大小を使い分ける、というか自動スイッチによって切り替わるという非常に珍しいタイプなのである。どこでスイッチが入れ替わるかというと、それは簡単で「人による」のである。
 人間の好き嫌いは誰にでもあることだしそれはいい。あいつには優しくできても、あいつにはできないというのは誰にでもあることだ。それでも本音と建前を使い分けることで、なるべく波風を立てずに穏やかで潤滑な人間関係を構築するのが一般的である。
 ターキィーの場合はスイッチが大に入っていればどこまでもその人間の面倒も見てくれるし、仲間として大切に扱ってくれる。そして基本的には「大」に入っていることが多いのである。しかしこれが「小」に入ってしまうともはや手が付けられない。
「お前は嫌いだ」くらいを堂々と宣言するのは当たり前。口より先にコブシが飛び出すのも珍しくない。そうなったらもはやこの男と仲良くなるのは至難の業だろう。
 例えばこんなことがあった。
 北海道のあるミーティングでのことだ。せっかく自分たちのテントに遊びに来てくれた見ず知らずの人間に「いいか。同じハーレーに乗っているからって友達になれると思うなよ」なんてあまり言いたくはないという、普通の感情は持ち合わせているから、最初から見ず知らずの人間が近寄らないオーラを発しつつ、自分たちのチームで楽しんでいた。
 チームというのはバイク乗りの場合概ね「MC」モーターサイクルクラブを指すのだが、ターキィーが属している「ハチェット・ハックス」は「ST」SCOOTER TRIBEという集まりである。スペルや意味などは興味があれば自分で調べるといい。ともかく、そういったところのこだわりを押し通しているところなど、この男の性格の一部である。
 ミーティング会場でチームの若手が酔っ払い少々行儀が悪くなった。ターキィーはそれをひどく怒り、殴ろうとした。もちろんターキィーも相当に酔っていたが。そこにミーティング主催の関係者が「まぁまぁ」と止めに入ったのである。この止めに入った人はターキィーとは以前から知り合いである。
 この状況を冷静に見てみよう。とくに誰も悪いようには感じない。楽しいミーティングで飲みすぎた若手にしても、そのくらいならよくある話である。それに対して教育しようとしたターキィーも酔っているとはいえ、いつものことである。それをみて「かわいそうだからやめてあげてください」という主催関係者も当たり前のことをしただけである。
 だが、この瞬間残念なことにターキィーのスイッチが「小」に切り替わってしまったのである。
 後は文章にするまでのこともない。暴れだしたターキィーを止めようなんていう度胸があるなら、都内の大渋滞の道をフロントブレーキレスのスーサードジョッキーで100キロで走るほうが安全である。一通り暴れたターキィーは酔いと程よい疲れでぐっすりと眠り、翌朝起きると止めに入った主催関係者にたいして「小」のほうの分類に入れていた。それだけのことである。よく覚えていないけれど「だってあいつら面倒臭いべ」という理由でそれ以来「嫌い」に分類されてしまっているのである。
 そんな男ターキィーにも長年思い続ける課題があった。それは「俺と同じくらいややこしい奴がこの世にいるのか」ということだ。いろいろと想像してみる。そんなやつがいたら殴り合いになるか、殺し合いになるか。まぁどちらにしろいいことはないだろうが、それでもそんな奴に会ってみたいと考えていた。
 ハーレーとそれに関する話題の中でもいろいろなジャンルがある。ノーマル・チョッパー。旧車・新車。ノンビリ・飛ばす。それぞれの好きなものがまったく違うから、一見同じような見た目のハーレーでも趣味が180度違うなんていうことも珍しくない。
 あるときターキィーは凝り固まったパーツを集めている奴がいるという情報を得た。ちょっと聞きたいこともありそいつに連絡を入れたのである。パーツを集めていた男はフィルシィ。
酒を飲んでショベルでかっとんで気に入らない奴を殴る。アウトローとはそういうものだと思い込み、本物のアウトローになるべく毎日それを忠実に繰り返していた男である。集めたパーツは自分のもので売ることなどあまり考えていない。それどころか「フィルシィさんすみませんがパンの純正パーツを探しているんですが」なんていってくる奴がいると。
「パンってなんだ。食パンかクリームパンか。それならジャムおじさんのパン工場に行け」などと言い出す始末だ。
「いや。ハーレーのパンヘッドです」
 なんていい返そうものならその瞬間胸ぐらをつかまれて。
「いいか小僧。俺の知ってるハーレーはショベルヘッドしかねぇんだ。ショベルがハーレーだ。それ以外を俺の前で口にするな」なんて言い出すのである。
 慎重が180痩せてはいるが、アウトローになるべくヤクザを向こうにまわすような商売をしているのだから、目つきや迫力はハンパではない。しかもそんな対応は機嫌がいいときの対応なのだ。ヘタにショベルのパーツが欲しいなんて言おうものなら。
「てめぇ、誰に俺がパーツ持ってるって聞きやがった。いえ、いえ。そいつの名前を言え」などと殴り続けるのである。
 そんな二人が電話とはいえ遭遇してしまったのである。冷戦当事にソビエトがアメリカに核を発射するのと同じくらいに危険であろう。
 しかし、神は地球を救ったのである。ターキィーの最初の質問にフィルシィは「ただ者じゃない」と感じたのである。ちなみに最初の質問はアインシュタインの理論を理解するのと同じくらいの時間が必要になるようなことなので知らないほうがいいだろう。
 その電話で半日話し合った二人は、おそらく地球には存在しないであろうと諦めかけていた「同じ価値観」の同志を見つけてしまったのだ。
 フィルシィがすかさず旭川に飛んだのは言うまでもない。では旭川でどんな話しがされたかは、ホーキング博士が理解している宇宙のことをすべて覚える以上に面倒臭いことなのでここでは省く。
「必要なパーツがあれば言え。すぐになんでも用意する」
 フィルシィはターキィーにそう言ったのである。ソビエトがアメリカに「必要なら我が国の核弾頭を分けよう」と言ったようなものである。
 この二人の作り出した渦がいろいろなものを巻き込んでいくとはまだ誰も知らなかった。
 フィルシィはその後アウトローになる努力を益々頑張り、ついには飲んで飛ばしているときに車とぶつかり空を飛ぶという離れ業を繰り出し、ある意味本物のアウトローになった。その代償にしばらくはバイクに乗れない身体にされてしまっていたが。
 フィルシィが事故から立ち上がり、今に至るまでを書くくらいなら、パソコンのICチップをハンダゴテで作るほうが簡単だろう。ともかくフィルシィはお仕着せのなぐさめと、同情と、説教と、生きているだけでありがたいだろうと一日30回くらい聞かされて「頼むから誰か殺してくれ」と願いながら這いずり回り、そこから抜け出したのである。自己責任という意味を身体に刻んで。
 事故を起こしてからすべての連絡を絶ち、姿を消していたフィルシィは誉と出会い、シゲと再会し、ターキィーに「なんで連絡しなかった」と少し怒られ、またバイク乗りに囲まれる生活に戻った。
「俺たちは兄弟分だ」初めてシゲと二人で飲んだときにシゲがそう言い出した。だから兄弟分だと契った。シゲがなぜそんなことをいきなり言い出したかは分からない。あまり脳で考えている気配が感じられないが、まぁシゲの野生の感なのであろうが、そんな関係が結ばれている。
「ぼちぼちバイクを直してみるかな」北関東の山の中で仙人のように暮らすフィルシィがシゲにポツリともらした。
「乗れるわけねえだろう」そう笑われるのではないかと考えていたが。
「とっとと掛かってさっさとな直せ」シゲは串カツにソースをたらしながらそう言ってくれた。
 もっとあとから聞くと串カツのことは覚えていたが、その話のことは何も覚えていなかったが。
 そこからフィルシィはショベルを修理し始めた。片手しか使えないからボルトを外すのにも手間取ったし、ジャッキが外れて潰されそうになったが、少しずつ、時間をかけて少しずつ。
「何か手伝うか」フィルシィの家に来るとまずその日のツマミを作るシゲが聞くと。
「自分のチョッパーは自分で面倒を見るのが信条でな」とかっこよく答え振り返るが、シゲはウグウグとビールを飲んで魚肉ソーセージを齧っているからあてにはしなかった。
 それから数年絶ちシゲのケータイが鳴った。
「走るからお前ちょっと船に乗ってくれ」
 フィルシィがぶっきら棒にそう言った。
 浅間山がきれいに見える晴れた日だった。夏の暑さが身を潜め群馬の山の木々が色付き始める直前だ。
「イケー、飛ばせー。ハシレー」
 サイドカーの中で叫ぶシゲの声にかき消されそうになってはいたが、フィルシィのショベルはきれいな三拍子を刻み、ノンビリとだが近所を走った。
 夢にまでみた復活。フィルシィがバイクで走るということは、そのころにはもはやフィルシィ個人の問題だけではなく、それは日本中に散らばっているバイカーたちの待ち望んだ日でもあった。シゲが撮りまくったフィルシィの走る姿がみんなにメールで送られたのは、その二日後だった。なぜならサイドカーで走った日に「復活の祝福」という名目で二人で黒ラベル500缶を2ケース開けてしまい、その翌日も死にそうな二日酔いで動けなかったからだ。
 メールには写真とともに短い文章が添えられていた。
「走るしかないだろう。北海道に向かって」
 旅が始まる準備は整った。
 
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by revolver0319 | 2010-04-27 12:09