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by revolver0319

走れ

シゲの場合。
 シゲにはゆうちゃんという3歳年下の従兄弟がいた。昭和のベビーブームが終わったころの生まれだから、親戚やら従兄弟やらはたくさんいたが、なぜか子供のころはゆうちゃんと気があって、会うと仲良く遊んでいた。
 もっともシゲの父親が「一旗挙げよう」なんて考えて川崎というどうにもならないような街で暮らしていて、ゆうちゃんは大森家の地元である茨城の片田舎で暮らしていたので、夏休みや冬休みにしか会えなかったが、それはそれで子供心に最高の楽しみであった。
 シゲが小学3年生の夏休みだ。その年いつものように家族で帰郷して、ゆうちゃんの家にも遊びに行ったとき、納豆や鮭が並んだ朝ごはんで、ゆうちゃんはいつものおかずに、いまひとつ浮かない顔をしていた。すると。
「バターで食べる」などとわけの分からないことを言い出したのである。
 シゲは頭の中で整理しようとした。バターで食べる。ご飯をやめてパンにするということか、ここまでご飯の支度ができているのにそんな甘えが許されるのか。そんな考えが頭の中を駆け回っているその目の前で、ゆうちゃんは熱々ご飯にバターを乗せ醤油をたらすという、まったくもってこの世の常識を根底から覆すようなことをしたのである。
「・・・。・・・」めを丸くするシゲに。
「シゲちゃんも食べる」とゆうちゃんのお母さん、つまりシゲの父親の妹がそう聞いてきた。
「な、な、なんだそれ」シゲは気持ち悪さ半分、好奇心半分でその「バター醤油ご飯」にチャレンジしたのである。
 一口で口に広がるバターの香り。そのなかで舌を刺激する醤油の味が絡んでくる。咀嚼して飲み込む。
「う、う、う、うまい」シゲは初めての味に思わず呟いた。何よりも食べ終わった後に口中に残るバターの油のギタギタ感がたまらなかった。
 昭和40年生まれは政府が「もはや戦後ではない」と宣言したところで、まだまだその気配が色濃く残り、野菜や魚が中心の食生活で、カレーの中に入っている豚肉のかけらを取り合うほどだった。なのでバターの強烈なたんぱく質に身体が反応したのである。
 そしてその年の秋にもうひとつ事件が起きたのである。銀座にあのマクドナルド1号店が出店したのである。見栄っ張りで派手好きな父親は直後に寄った勢いでビッグマックをお土産に買って帰ってきた。翌日の朝。すっかり冷え切ったその「ポパイ」の中でしか見たことがなかったハンバーガーというものをはじめて食べたのである。
「肉・にく・ニク・NIKU」口の中に広がる肉。そして冷め切ったバーガーを食べ終わってからの口中に残るベトベト、ドロドロ感。
 さて。北に向かって走るおかしな男たちの事情を話しているのに、なぜそんな昭和の食糧事情を解説しているのか。それはシゲという男を語るのに欠かせない問題だからである。この幼少期の口中ベトベト・ドロドロ感を追い求めた結果が今のシゲであるのだ。
 ハーレー、食べ物、酒、炭酸飲料、長島監督、ルイスビルスラッガー。シゲを形成しているのはそんなところだ。そしてこの男の走る理由はどうにも説明しづらいのである。いろいろな要素が交じり合い、フィルシィという男と走り出すのだが、偶然が重なったのか、狙ってそれを演出したのか、それともただの天然なのか。この男はどうにも読めない。
 なのでへんな説明をするよりは物語の中から、この男の本質を読み取るほうが良いだろう。
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by revolver0319 | 2010-04-22 00:23